体温を上げることが生命力を高めるわけ
当ブログでは、腸内フローラ・酵素・ミトコンドリアによって生命力を高める方法について述べていますが、今回は体温を上げることが生命力を高めるわけについて書いていきたいと思います。
以前の記事で、「「低体温」は生命力の低下につながってくる」と書きましたが、反対に、体温を上げることは生命力を高めることにつながっていきます。
また、体温を上げることは生命力を高める方法のうちの一つだといえます。
では、なぜ体温を上げることが生命力を高めることになるのかといえば、体温が上がれば、細胞内のミトコンドリアの活動が活発になるからです。
一方、体を冷やすと、ミトコンドリアの働きが弱まってしまいます。
特に、冷たい食べ物や飲み物を日常的に摂ることや真夏の冷房によって、身体や腸を冷やすことが、「ミトコンドリアの機能低下」や「全身の細胞のミトコンドリアの機能障害を引き起こす」ことにつながることを指摘しているのは、医学博士の西原克成氏です。
西原氏は『究極の免疫力』のなかで以下のように述べています。
冷たいものを飲んで腸を冷やすと腸のパイエル板から空気の嫌いな腸内細菌が白血球内に入って、これが血中を巡り、身体中の細胞に黴菌をばらまきます。空気の嫌いな腸内細菌とは、たとえば、大腸菌などの常在性腸内細菌です。細胞に大腸菌が入りこむと、ブドウ糖がピルビン酸になるときの解糖系が阻害され、細胞内でエネルギーをつくるミトコンドリアの栄養が横どりされてしまいます。これによってミトコンドリアの細胞呼吸の働きが阻害され、細胞内でエネルギーをつくるミトコンドリアの栄養が横どりされてしまいます。これによってミトコンドリアの細胞呼吸の働きが障害されます。(西原克成『究極の免疫力』 p94)
この結果、ミトコンドリアではエネルギー物質のATPが産生できなくなりますし、同時に、細胞はすべての活動がうまくいかなくなりますから、その器官の働きが駄目になります。そうすると、ミトコンドリアのミネラル・糖・アミノ酸・脂質の代謝が駄目になり、その結果、身体全体のレベルで、むくみ、慢性疲労、身体がつねにだるいという症状があらわれます。こうして細胞レベルのエネルギー代謝の不適当がおこることで、私たちの健康は障害されるのです。(同)
また、低体温によって生命力が低下するということは、すなわち「免疫力」が低下することでもあります。
たとえば医師の齊藤真嗣氏は、『体温を上げると健康になる』のなかで、「体温が一度下がると、免疫力は三十%も低くなります」が、「体温がたった一度上がるだけで免疫力は五倍から六倍も高くなる」と述べています。
さらに、新潟大学院歯学部総合研究所名誉教授の安保徹氏は『体温免疫力』のなかで、以下のように述べています。
低体温が病気をつくるのは、低体温だと免疫力が低下してしまうからです。
免疫力は、細菌やウイルス、体内でつくられた有害な物質などを処理して、体内につねに生存に適した状態に保とうとする能力です。その力が低下しているのですから、体にさまざまな不調が現れてくるのはむしろ当然のことでしょう。(安保徹『体温免疫力』 p75)
体温免疫力の考え方からいえば、現在の医療は免疫力をかえって低下させ、病気を悪化させる治療が少なからずあります。解熱剤、痛みどめ、抗がん剤、ステロイド剤……。これらはすべて交感神経を刺激して、免疫力を低下させてしまいます。
私たちは、免疫という自分自身で体をメンテナンスする、すばらしい力を備えています。自然がつくりだしたその能力を十分に発揮してやることが、病気の予防にも病気の治療にも絶対に欠かせません。
免疫力といっても、多くの人には漠然としたものかもしれませんが、目に見える形で教えてくれるものがあります。それが体温です。(安保徹『体温免疫力』 p83)
低体温の主な原因はストレス
もちろん、体温を上げることが生命力を高めるといっても、闇雲に体温を上げれば良いというわけではありません。大切なのは人間の体温である37度を保つようにすることであり、避けるべきは「低体温」なのです。
では、「低体温」の原因は何かといえば、そのひとつに挙げられるのは「ストレス」です。
一口に「ストレス」といっても、環境ストレスや心理ストレスなど、幅広いですが、齋藤真嗣医師は、「人間はストレス状態が長く続くと、自律神経のバランスや、ホルモンのバランスを崩してしまいます」とし、「ストレスが低体温をつくりだし、低体温が細胞にとってさらなるストレスになる」と述べています。
また、
人間は幸せを手に入れようと、いろいろなことに頑張りながらここまで進化してきました。でも、ちょっと頑張りすぎてしまったようです。
私には、そのひずみが低体温となって、人間に本来の幸せに立ち返るよう教えてくれているような気がしてなりません。
頑張って働いて、ストレスに耐えて、あなたの体はもう悲鳴を上げています。その悲鳴が「低体温」です。(齊藤真嗣『体温を上げると健康になる』p197)
としています。
体温を上げる方法は?
では低体温を避けるために具体的にどのようなことを行うのが望ましいのでしょうか? 体温を上げる方法には様々なものがありますが、ここではお金をかけずに手軽に出来る三つの方法をご紹介したいと思います。
- スロートレーニングを行う
- 体を温める食べ物・飲み物を摂る
- 体温+4℃の熱めのお湯に浸かる
1、スロートレーニングを行う
体温を上げるためには、普段から30分程度のウォーキングを行なったり、筋力トレーニングを行ったりすることが効果的だとされています。そのため、低体温を避けるためには、そのような運動を日頃から行うことが望ましいのですが、ここでは特に「スロートレーニング」をご紹介したいと思います。
医師の齋藤真嗣氏は『体温を上げると健康になる』のなかで、「加圧トレーニングに近い効果をもちながら、家庭で一人でも安全に行える「スロートレーニング」」を紹介しています。
この「スロートレーニング」とは、「非常にゆっくりとしたスピードで行う筋肉トレーニング法」のことで、「具体的にいうと、一回のスクワットを一分間ぐらい、時間をかけて」行います。
まず三十秒ぐらいかけてゆっくりと腰を落とし、また三十秒ぐらいかけてゆっくりともとの位置に戻す。これを、呼吸の回数を減らし、できるだけ無酸素に近い状態で行うのです。
トレーニング量の目安としては、一分間一回のスクワットなら、自分の体力に合わせて一〇回から一五回ほど行っていただければ、かなりの筋肉増量につながります。もし、一〇回なんてきつくてとてもできないという人は、三回でも五回でもいいので、できる回数から徐々に増やしていくといいでしょう。(齊藤真嗣『体温を上げると健康になる』p95)
普段からスクワットを行っていない場合、実際に1回のスクワットを1分間を目安に行ってみると、けっこう大変です。そのため、もしつらいというのであれば、いきなり無理せず、一回のスクワットを20~30秒を目安に、なるべくゆっくりと行うだけでも、体温アップの効果を感じられます。特に寝る前に行うのがオススメです。
2、体を温める食べ物・飲み物を摂る
普段、私たちが摂っている食べ物には、実は体を温めるものと冷やすものがあるとされています。このことは中医学における「陰」と「陽」の分類による食べ物の捉え方ですが、体を温める食べ物と冷やす食べ物の要素について、石原結實医師は、『病気が治る温め方』のなかで、
- 色
- 産地
- 固いか、柔らかいか
- 熱を加えてあるか否か
- 動物性食品と植物性食品
- 塩のきいた食物
などを挙げています。
陽性食品は、外観が赤、黒、黄などの暖色をしており、固く(水分が少なく)、塩からく、北方に産する…などという特徴があります。また牛乳以外の動物性食品は陽性食品です。
よって、肉、卵、チーズ、魚介、塩、みそ、醤油、明太子、つくだ煮、漬物、根菜類は、体を温める陽性食品なのです。
逆に、水分の多いもの、青・白・緑の食物、南方産の食物は、体を冷やす陰性食品です。つまり、水、酢、牛乳、ビール、ジュース、バナナ、パイナップル、かんきつ類、コーヒー、緑茶、白砂糖…などです。(石原結實『病気が治る温め方』p24)
生姜湯や紅茶、ココアなどは、体を温める飲みものとしてよく知られていますが、特に体が冷えやすい秋冬の季節は、食品の色や産地に気をつけ、体を温める作用がある食べ物や飲み物を意識的に摂ってみることをお勧めします。
3、体温+4℃の熱めのお湯に浸かる
体温を上げるには、普段の入浴方法を少し変えてみるのも良いと思います。
夏場はぬるめのお湯にゆっくりと浸かって疲れをとるのも良いですが、体が冷えやすい冬場は、少し熱めのお湯や温泉にしっかりと浸かって、体を十分に温めてみることをオススメします。
このことに関して、たとえば免疫学で有名な安保徹氏は、お湯の温度は体温+四度が調度良いと『体温免疫力』のなかで述べています。
体温が三十六~三十七度の人であれば、一般的に言われるようにお湯は四十~四十二度が適温ですが、三十五度くらいしかない低体温の人であれば三十九度程度に調整しないと熱く感じてしまいます。
お風呂に入るといっても、すぐに湯から出てしまう「カラスの行水」では身体は温まりません。身体が芯まで温まるのにはそれなりの時間が必要になります。体温+四度のお湯に十分間、全身浴で湯船に浸かったり、半身浴で三十分から一時間浸かったりすることが効果的だと安保氏はいいます。
また、もし熱くなってつらいと感じたらその時は早めに出たほうが良いそうです。その時、めまいなど起こして転倒してしまわないように慎重に湯船から出ることが大切です。
以上、ここまで体温を上げることが生命力を高める理由と、体温を上げる方法について書いてきましたが、普段からがんやアトピー、リウマチなど様々な病気を予防していくためには、人間の体温である37度を保ち、過度のストレスによって、知らない間に低体温に陥らないように気をつけることが大切だと思われます。
免疫力とは生命力―西原克成『究極の免疫力』
当ブログでは、腸内フローラ・酵素・ミトコンドリアによって生命力を高める方法について述べていますが、今回は『究極の免疫力』(西原克成 著)を取り上げながら、免疫力とは生命力であるということについて書いていきたいと思います。
当ブログでは以前の記事で「これからは波動医学の時代」だとして、船瀬俊介氏の『未来を救う「波動医学」』を取り上げましたが、医学博士の西原克成氏は、『究極の免疫力』のなかで、質量のある物質だけではなく、質量のないエネルギーが、生命と関係していることをはっきりと述べています。
「見えないエネルギーによって私たちは生かされている」というと、どこか胡散臭い印象を持たれる方がいらっしゃるかもしれませんが、私たちが光や熱によって生かされていることをよくよく考えてみると、決して「見えないエネルギー」は「怪しい」ものではないということが分かります。
ちなみに、この「見えないエネルギーによって私たちは生かされている」は西洋医学の歴史のなかでは「生気論」として捉えられており、西洋医学一辺倒の医者ほど退けてしまいがちのようですが、西原克成氏は、本書『究極の免疫力』のなかで「質量のない物質、つまりエネルギーが生体に果たしている影響・役割をきちんと把握していくことが必要不可欠」だとしています。
また、「人間の生命を把握し、その生命におこる現象を把握するには、食べもの、飲みもの、薬といった物質と、熱、寒冷、圧力、光、引力、音波、電波といった環境エネルギーの両面から身体と生命を捉え直す視点がどうしても不可欠」であると述べています。
物質中心主義こそが唯物論ですが、これが行きづまりを見せています。これを打破するためには、質量のない物質、つまりエネルギーが生体に果たしている影響・役割をきちんと把握していくことが必要不可欠だと思います。私たちの身体には、体温をはじめ、エネルギーが巡って旧くなった細胞を新しくつくりかえています。(西原克成『究極の免疫力』 p73)
それでは、そのエネルギーとは何でしょうか? エネルギーとは、質量のない物質です。質量のある物質は、ある極限状態でエネルギーに変換されます。これが十九世紀に明らかになり、二十世紀に検証された宇宙の構成則である「エネルギー保存則」です。世の中は質量のある物質だけでできていたのではないのです。
とくに生命は、エネルギーの渦の回転とともに細胞やそのパーツがリモデリングし、新陳代謝して老化を克服するシステムです。そうした視点、エネルギーを視野に入れた視点が今の医学には完全に欠けているのです。(同)
西原克成 『究極の免疫力』 講談社インターナショナル
さらに本書『究極の免疫力』では、「エネルギーの渦が巡らなければ生命の渦も巡らないのです」としたうえで、「生命の渦」に深く関与している存在として「ミトコンドリア」が挙げられており、「免疫病はどれも、細胞呼吸のミトコンドリアの障害によるものです」と述べています。
ミトコンドリアは、私たちの生命がよりどころとしているエネルギー物質を産生するところですから、ここが駄目になれば、すべてがおしまいなのは当然です。だからこそ、ミトコンドリアが活性化するような生き方をするが肝要です。生命とは、ミトコンドリアがつくりだすエネルギーの渦が巡るとともにおこる細胞のパーツや細胞そのものもリモデリング(新陳代謝)によって老化を克服するシステムなのです。(西原克成『究極の免疫力』 p167)
私たちは健康を考えるうえで、目に見えるもの(物質)だけに囚われがちですが、光や熱など目に見えないエネルギーが、私たちの生命や免疫と深く関わっているということを、肝に銘じておく必要があるように思います。
ミトコンドリアの行っているエネルギーの産生(エネルギー代謝)にも、リモデリング(新陳代謝)にも、もとよりこれを回転させる機動力としてのエネルギーが必要です。そして、エネルギー代謝と新陳代謝と新陳代謝の本質も、エネルギーを考慮に入れないと把握できません。エネルギーの作用によって私たちの細胞の機能がすべて営まれています。細胞の中にあるミトコンドリアも、エネルギーによってミトコンドリアの遺伝子の引き金が引かれて、リモデリングしたり増殖して機能しているのです。このときのエネルギーが、熱であり、太陽光線のソーレー帯です。ミトコンドリアの活動には、温熱と光刺激が必須なのです。(西原克成『究極の免疫力』 p167)
本書『究極の免疫力』の前半部は、免疫病に対して間違った捉え方をしている現代の医療について厳しく批判されていますので、病気に対して闇雲にステロイド剤や抗がん剤などを用いる治療のありかたに疑問を抱いている方は、ぜひ一度読んでみていただきたいと感じます。
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低体温は生命力低下の原因―齋藤真嗣『体温を上げると健康になる』
当ブログでは、腸内フローラ・酵素・ミトコンドリアによって生命力を高める方法について述べていますが、今回は低体温が生命力低下の原因になるわけについて述べていきたいと思います。
季節が秋から冬に移行していくと、次第に寒さによる「低体温」が気になってくると思います。
特に冷え性の方は「低体温」にならないよう常に気をつけていると思いますが、近頃は以前よりも低体温の人が増えていると言われていますから、普段は自分の体温が高いと思っている方でも、いつのまにか低体温になっていないか、注意する必要があるのかもしれません。
その「低体温」は生命力の低下につながってくると考えられます。
なぜなら、体温が低下してしまうと、その分、からだの機能が低下してしまうからです。からだの機能が低下してしまうということは、すなわち、全身の細胞の元気がなくなるということを意味します。
反対に、体温が上がれば、その分、からだの機能が回復して、細胞も元気になります。この「細胞が元気になる」とは、細胞内のミトコンドリアの活動が活発になるということでもあります。
このことに関して、医師であり日米欧のアンチエイジング専門医でもある齊藤真嗣氏は、『体温を上げると健康になる』のなかで、「体温が一度下がると、免疫力は三十%も低くなります」が、「体温がたった一度上がるだけで免疫力は五倍から六倍も高くなる」と述べています。
また、「低体温になると、病気に対する抵抗力が下がり、抵抗力が低下したことによって病気が発症・悪化し、それによって体内環境が悪化すると、さらに低体温になるという「負のスパイラル」にはまり込んでしまう」と述べています。
そして、「低体温がもたらす「負のスパイラル」から抜け出す最善の方法は、体温を上げることです」としています。そのように述べる理由は、「体温が上昇するとそれだけでも血流」が良くなるからだといいます。
低体温が血流を悪くさせるのとは逆の理由で、体温が上昇するとそれだけでも血流はよくなります。血流がよくなると、ストレスによってダメージを受けていた細胞に糖(グルコース)というエネルギー源が供給されます。それと同時に、体温アップによって酵素活性も上がるので、エネルギーを効率よくつくりだすことができるようになります。
こうして細胞がストレスから回復すると、その情報が脳に行き、脳の視床下部から下垂体へ、そして自律神経、ホルモンへと伝達されていきます。こうしてよい情報が伝達されていくことによって、体全体の機能も正常に整っていくのです。(齊藤真嗣『体温を上げると健康になる』p55~56)
低体温になる原因のひとつはストレス
また、齋藤真嗣氏は『体温を上げると健康になる』のなかで、低体温になる原因のひとつに「ストレス」を挙げています。
「人間はストレス状態が長く続くと、自律神経のバランスや、ホルモンのバランスを崩してしまいます」とし、「ストレスが低体温をつくりだし、低体温が細胞にとってさらなるストレスになる」と述べています。
そのため、低体温にならないためにはストレス対策が重要になってくると考えられますが、ストレス対策以外に、低体温を避けるためには、日頃からどのようなことを行なえば良いのでしょうか?
齋藤氏は「神様が定めた人間の体温は三七度」であるとし、「最低でも一日一回、体温を三七度に上げる習慣を身につけること」が重要であるとし、特に「体温を恒常的に上げるべく、筋肉を鍛えることに目を向けてほしい」としています。
人間は幸せを手に入れようと、いろいろなことに頑張りながらここまで進化してきました。でも、ちょっと頑張りすぎてしまったようです。
私には、そのひずみが低体温となって、人間に本来の幸せに立ち返るよう教えてくれているような気がしてなりません。
頑張って働いて、ストレスに耐えて、あなたの体はもう悲鳴を上げています。その悲鳴が「低体温」です。(齊藤真嗣『体温を上げると健康になる』p197)
昔に比べ、人間の運動量はあきらかに落ちています。低体温の人が増えてきたのは、ストレスに人間が対応できなくなったことに加え、筋肉の質と量が低下したせいです。
一日一回、体温を一度上げる努力をする。
筋肉を鍛えて、体温が少しずつアップしていくような生活をする。
原始時代の生活に戻れない私たち人間は、自分自身の責任で、それをやっていくしかないのです。
体温を上げると健康になる。ひいてはそれが幸せにつながる。
私が本書でお伝えしたかったことは、このひと言に尽きるでしょう。(齊藤真嗣『体温を上げると健康になる』p198)
齋藤真嗣 『体温を上げると健康になる』 サンマーク出版
齋藤真嗣氏の『体温を上げると健康になる』は2009年にベストセラーになった一冊ですが、この本に書かれている内容は、当たり前のことのように思えて、健康を維持するためには実は非常に大切なことであるように感じられます。
『音楽と洗脳 美しき和音の正体』(苫米地英人 著)は音の可能性を考えさせられる一冊
当ブログでは、腸内フローラ・酵素・ミトコンドリアによって生命力を高める方法について述べていますが、今回は『音楽と洗脳 美しき和音の正体』(苫米地英人 著)を、生命力を考えるための一冊として紹介したいと思います。
認知科学者であり、株式会社ドクター苫米地ワークス代表として知られている苫米地英人氏による『音楽と洗脳 美しき和音の正体』(徳間書店)は、音の可能性や音楽の脳への影響を考えさせられる非常に刺激的な一冊だといえます。
本書『音楽と洗脳』では、まず、教会音楽としての西洋の音楽の歴史が分かりやすく、かつ詳細に語られていますが、本書に書かれていることの重要なポイントは、音律の主役の座が、
へと変化してしまった過程にあるように思われます。
「ローマ教会の権威がヨーロッパ全域に広がった時に登場した」平均律は、現在、日本でも取り入れられているといいますが、この平均律とは、「神の御業の美しさを称える音階ではなく、神の完全無比さを称えるために作られたもの」であり、「そこにあるのは音楽へのこだわりではなく、数比へのこだわり」だったといいます。
そのため、「平均律は音楽家たちにはとても評判が悪いものであり、音楽的にも誉められる代物ではなかった」のだといいます。
しかし平均律は、「神の完璧性、全能性を音であらわすことが目的」であった教会によって、「音楽性ではなく、教義的な理由で選択」されたのだ苫米地英人氏は述べています。
また苫米地氏は、この「平均律のすべてが悪いわけではありません」としながらも、「平均律は転調がしやすいという以外のメリットはほとんどありません。音は狂っており、和音も濁っています」としています。
さらに「日本では平均律で調律したピアノで音楽教育を指導した結果、ハーモニーに対して鈍感になっている人が量産されて」しまったといいます。
その理由は明治以来、日本の音楽教育は、「平均律&ピアノ至上主義」であるアメリカ式が主流だからだそうです。
このように、日本で誤った音楽教育が行なわれていることは、非常に嘆かわしいことだと思われます。
音楽の素晴らしいところは、強烈なイメージを情報空間に作り上げることができる点です。それは同時に情動を動かすのですが、ただの感情の喚起だけでなく、脳内ホルモンの分泌を促し、さらに記憶を動かし、身体も動かします。
映像のない点も素晴らしいところです。情報空間の中で自由にイメージを広げることが可能になります。
そんな音楽が持つ可能性はまだまだ広げることができるはずです。
ところが、残念ながら、現在の音楽環境は、それほどいいとは言えません。
特に日本の場合は、ピアノの和音が狂ってることを放ったらかしにしています。これでまともな音楽教育ができるはずがありません。(苫米地英人『音楽と洗脳 美しき和音の正体』 p86)
『音楽と洗脳』の付録DVDの特殊機能音源がスゴイ
ところで私自身、音楽、倍音、言霊など、音のちからが、脳や心にどのような作用をもたらすのか、ということにこれまで関心がありました。
また、「超高周波」の脳への影響について書かれている大橋力氏の『音の文明』などにも大変触発された憶えがありますが、この「超高周波」の可能性についても、第4章「超高周波と脳」のなかで、CDの問題点などを踏まえながら言及されています。
そのため、この度苫米地英人氏によって、このような画期的な本が書かれたということは、非常に喜ばしいことだと個人的に感じました。
さらに、今回、本書『音楽と洗脳』の付録のDVDには、CD品質の特殊音源に加え、「超高周波の再生を可能にした特別バージョン」のものが付いています。
私自身、苫米地英人氏による機能音源を人生に活用してきた一人ですが、この付録の特殊機能音源は、平均律を使用していないことに加え、グレゴリオ聖歌や、琴、ガムラン、サントゥール、ギター、パンフルートといった楽器が採り入れられており、非常に高品質なものとなっています。
したがって、パソコンやCDプレーヤーといった一般的な再生環境でCD品質の音源を聴くのはもちろんのこと、もしハイレゾ音源をきちんと再生できるオーディオ環境があるのであれば、さらに、苫米地がいう、
- 集中力アップ
- 創造性アップ
- IQアップ
- リラックス
といった効果が見込めると思います。
ちなみに、苫米地英人氏の特殊機能音源について詳しく知りたい方は、本書『音楽と洗脳』のなかで詳しく説明されていますので、実際に『音楽と洗脳』を読んでみてください。
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苫米地英人『音楽と洗脳』は音と脳の関係と可能性に注目した画期的な一冊
本書『音楽と洗脳 美しき和音の正体』は、このような高品質な機能音源が付録として付いているにも関わらず、2千円代で買えるのですから、非常にお買い得だと言えます。
また脳と音楽・音との関係について詳しく知りたい方も、本書『音楽と洗脳』は必読だと思われます。
人間は音楽を聴くだけでなく、演奏もしますから、位置情報や運動野との連動はとても重要になります。また、言語野には発声との関わりもありますから声を出す、歌を歌うという動作とつながってきますし、言語が持つイメージとも関連しながら、前頭前野、前頭極へ情報を送り出します。
最終的にはこれらを前頭前野で統合的に処理したのち、音楽情報は大脳辺縁系に行って情動を揺り動かすのです。
そして、ここで最も覚えておいてほしいのは、音の情報が、末梢神経から脳幹、大脳皮質、大脳辺縁系へと、脳の隅々を巡って、活性化させていることです。(苫米地英人『音楽と洗脳 美しき和音の正体』 p77)
音楽は複雑な音情報です。周波数の変化、音圧の変化、周波数の連携や重なりがコンマ単位で起きています。
これを正確に聴き取り、統合し、意味を自分で付け加えて、情動を揺さぶり、足を踏み鳴らす、リズムを取る、涙を流すなど運動まで起こしています。
もしも、楽器の演奏ができる人ならば、さらに効果は倍増です。(苫米地英人『音楽と洗脳 美しき和音の正体』 p77~78)
いずれにせよ、私たちの脳は、このぐらい選択的に音情報を判断しています。
美しい音楽、好みの音楽が流れてくれば、積極的に耳をそばだてて聴いて時に涙を流したり、足を踏み鳴らして興奮することもできる一方で、自分の声だから聞かないという判断を無意識でやっています。
こういった能力をほんの少し意識的に使うだけで、私たちの能力、認知力は相当上がることは間違いないのです。
これが聴覚の実力であり、可能性なのです。(苫米地英人『音楽と洗脳 美しき和音の正体』 p80)
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『GO WILD』で「野生の体を取り戻せ!」
当ブログでは、腸内フローラ・酵素・ミトコンドリアによって生命力を高める方法について述べていますが、今回は『GO WILD 野生の体を取り戻せ!』(ジョンJ.レイティ、リチャード・マニング 著 野中香方子 訳)の書評・感想を、生命力を考えるために書いていきたいと思います。
ジョンJ.レイティ、リチャード・マニング氏らによる『GO WILD 野生の体を取り戻せ!』は、生命力を高めるための秘訣がぎゅっと詰まっている一冊ですので、最近、何だか元気が出ない、やる気が起きないと感じる方に、ぜひ手に取っていただきたいと思います。
なぜならこの『GO WILD 野生の体を取り戻せ! 科学が教えるトレイルラン、低炭水化物食、マインドフルネス』には、「現代人を苦しめるもの」について書かれているからです。その現代人を苦しめる原因となっているものとは、「文明病」ともいうべき、文明社会に生きる現代人にとって当たり前になっているライフスタイルであるように思います。
そして、元気を取り戻したいと思ったり、これまでの自分よりも幸せになるために今の自分をアップデートしたいと感じたりするならば、食事、睡眠、運動など、日常生活の中で、毎日あたりまえのこととして何気なく行っていることの多くについて、改善の余地が無いか、意識的になってみることが必要であるように思います。
もちろん、食事、睡眠、運動などを見直すということの目的は、決して収入を増やすためではなく、ヒトという生物がもつ本来の生命力をよみがえらせるということに他なりません。
生命力という観点からすれば、食事、睡眠、運動などはどれも、一見バラバラのように見えますが、健康の維持や、より幸せに生きることと、つながっているのです。
何より理解いただきたいのは、食事、運動、睡眠、思考、そして生き方は、すべてつながっているということだ。これらすべてが健康と幸福に関わっている。当たり前のことのようで、この考え方は西洋の思想、科学、とりわけ現代医学に真っ向から対立するものだ。それら現代西洋の考えは、問題をいくつもの要素に分け、その中から機能不全になっているものを見つけ出し、それだけを直そうとする。機械ならそれでうまくいくだろう。だが、わたしたちは機械ではない。野生動物なのだ。ワイルドであろうとするなら、複雑さをそのまま受け入れるべきだ。(ジョンJ.レイティ、リチャード・マニング『GO WILD 野生の体を取り戻せ!』 野中香方子 訳 p11)
食事や運動を変化させることが、野生の体を取り戻す引き金になる
しかしいきなり都市生活から離れ、何か月も野山で暮らす、といったようなワイルドな生き方を始めることを、本書は推奨しているわけではなく、自分の生活を変化させるための「引き金」を見つければ良いのだと、著者は述べます。
まずは自分の「引き金」を見つけよう。(中略)ある変化が引き金となって、ほかのことが次々に変化していく。引き金は、人生に大きな変化をもたらす最初の一歩なのだ。食べ物、マイクロバイオーム、運動、睡眠、マインドフルネス、家族や仲間、バイオフィリア――そのいずれもが引き金となり、相互に影響し合う。(ジョンJ.レイティ、リチャード・マニング『GO WILD 野生の体を取り戻せ!』 野中香方子 訳 p280)
あなたの引き金が何なのか、筆者にはわからないが、自分の経験から、まずは食べ物か運動、もしくはその両方から始めることをお勧めする。本書では数多くのテーマについて語ってきたが、食べ物と栄養については最も研究が進み、理解も深まっている。食べ物と栄養は生きていく上で欠かせないが、現代のそれは、人間が種として形成された時代のものとは根本的に異なっている。したがって、この二つを正すことなく、いい方向へ向かうことはできない。
だがうれしいことに、その軌道修正はそれほど難しいことではない。(同)
ジョンJ.レイティ、リチャード・マニング 『GO WILD 野生の体を取り戻せ! 科学が教えるトレイルラン、低炭水化物食、マインドフルネス』 野中香方子 訳 NHK出版
ちなみに、本書『GO WILD』で語られているのは、以下のようなことについてです。
- 食事(低炭水化物食)
- 運動(トレイルラン、裸足ランニング)
- 十分な睡眠
- 瞑想(マインドフルネス)
- マイクロバイオーム(微生物)
- バイオフィリア(自然との関わり)
- 同族意識(トライブ)
- ストレス・トラウマの改善
『GO WILD』で野生の体を取り戻すのは、ゆるやかに。
先ほども書きましたが、長年の間、都市生活を続けていたにも関わらず、いきなり野生の体を取り戻そうとしたところで、なかなかうまくいきません。
また都会の生活にどっぷりと浸かっていた場合、本書を読んでも、ワイルドに生きることを実践するのは無理だと感じるかもしれませんし、実践したところで、気づいたら元の都市生活に戻ってしまっているかもしれません。
しかし、本書『GO WILD 野生の体を取り戻せ!』のなかで、「その軌道修正はそれほど難しいことではない」と書かれているように、野生の体を取り戻すことは、決して机上の空論ではないように思います。
大切なのは、「まずは自分の「引き金」を見つけよう」と書かれている通り、試しに食事や運動、睡眠を見直したり、マインドフルネス瞑想やトレイルランを日々の生活に導入したりすることで、毎日が以前よりも<気持ちよい>と感じることだと思われます。
そして、もしいつもより身体の調子が良くなったり、幸福な気持ちを感じられたりしたならば、自分で野生の体を取り戻すことを続けたいと思うはずです。
以上、ここまで『GO WILD 野生の体を取り戻せ! 科学が教えるトレイルラン、低炭水化物食、マインドフルネス』の書評・感想を書いてきましたが、本書『GO WILD』を手に取ったことが、みなさまにとってゆるやかに生命力を高めるきっかけになることを、私自身、願っています。
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『食品業界は今日も、やりたい放題』 小藪浩二郎 著
当ブログでは、腸内フローラ・酵素・ミトコンドリアによって生命力を高める方法について述べていますが、今回は『食品業界は今日も、やりたい放題』(小藪浩二郎 著)を生命力と日頃の食生活を考えるための一冊として取り上げたいと思います。
小藪浩二郎氏の『食品業界は今日も、やりたい放題 食品メーカー研究者のあぶない話』は、普段、私たちが無防備に食品添加物を摂取していることを考えさせられる一冊だといえます。
「私たちが無防備に食品添加物を摂取していることを考えさせられる」と書いたのは、たとえば、本書の「はじめに――放射能より恐い食品業界」で、著者の小藪浩二郎氏は、以下のように書いているからです。
「食品の安全性について、放射能より食品業界の〝やりたい放題〟ぶりのほうが悪影響を与えている」と書けば、読者はいぶかしく思うでしょうか。
東京電力福島第一原子力発電所の大事故で大気中に放出された放射性物質は農水産物を汚染し、その影響は日本国民すべてに不安を与えています。
安心を求める消費者は、自分で山地を選択するなど、放射能の影響を小さくできるようにおのおの努力・工夫されていることでしょう。
また、国や自治体も、それが十分かどうかはともかく、規制値などを設定し、また放射能を実際に測定して、「食の安全」を守る態勢をとっています。
こうした日本の状況を眺めながら、私は不思議に思うのです。
放射能に汚染された食品については神経質になるのに、それ以上に危険性を持つかもしれない添加物まみれの食品を平気で食べつづけることに不安を抱かないのはなぜだろう、と。(小藪浩二郎『食品業界は今日も、やりたい放題』 p2)
また、本書の「おわりに―本当に大切なもの」には、以下のような一節があります。
本書をお読みいただいたみなさんにはおわかりのとおり、現在の法制度では、どんな不純物がどれくらい含まれているかもわからない添加物が食品に使われています。化学合成物でありながら「食品扱い」のため、表示の必要もなく使い放題な添加物があります。悪魔の脂肪酸「トランス脂肪酸」がどれだけ含まれていても問題なしです。(小藪浩二郎『食品業界は今日も、やりたい放題』 p222)
目隠しされている食品添加物の実態
食品添加物の問題に関しては、消費者ひとりひとりが、食品添加物の危険性や問題点を知ろうとし、日頃から口にしている食品に対する意識を高めていくことは、もちろん大切なことです。しかし消費者側から見れば、食品添加物が使われている加工食品の多くは、一見、安心・安全であるかのように見せかけられていることも、非常に問題であるように感じます。
たとえば驚くべきことに、ファストフード店やスーパーマーケットなど、店内で製造・販売されているものや、コーヒーフレッシュのようにパッケージが小さいもの、あるいは栄養強化剤や加工助剤といった目的であれば、食品添加物が使われていても、食品衛生法で定められている「表示免除」によって、使用した食品添加物を表示しなくても良いのだといいます。
また、「添加物メーカーや食品メーカーは、「一つひとつの添加物を書くとたいへんで煩雑になるうえに、表示するスペースが大きくなる」と主張する」ためか、「PH調整剤」や「乳化剤」、「イーストフード」「香料」「酸味料」などは、添加物として使われている物質名を全て表示しなくても良いそうです(「一括表示」)。
そのため商品のパッケージ裏に「PH調整剤」や「乳化剤」とだけあっても、その名称の背後に何種類もの添加物が使われている可能性があるのだといいます。
食品業界は今日もやりたい放題!?
そのほか、本書『食品業界は今日も、やりたい放題』を読むと、
など、それほど体に悪くなさそうな名称で、当たり前のように使われている食品添加物の多くは、決して安全性が保障されているわけではない、ということが分かります。
小藪浩二郎『食品業界は今日も、やりたい放題』 三五館
これらのことは食品業界の実態のうちのごく一部ですので、より詳しく食品業界の闇について知りたい方は、小藪氏による『食品業界は今日も、やりたい放題』を実際に読んでみていただきたいと思います。
最後に、危険な食品添加物を極力使わないように努力している良心的な食品メーカーもたくさんあることは十分承知していますが、本書を読んで感じたことは、食品メーカーも添加物メーカーも、現行の法律や消費者が食品に対して無関心であることを隠れ蓑にして、いかに見た目を良くするか、コストが抑えられるか、美味しく出来るか、日持ちさせるか、ということばかりを優先させているということです。
そして、消費者の健康をそっちのけにしている現場の状況が、消費者の問題意識によって大きく変わらない限り、「食品業界は今日も、やりたい放題」なのだということです。
『加工食品には秘密がある』 メラニー・ウォーナー 著 楡井浩一 訳
当ブログでは、腸内フローラ・酵素・ミトコンドリアによって生命力を高める方法について述べていますが、今回は『加工食品には秘密がある』(メラニー・ウォーナー 著 楡井浩一 訳)を生命力を考えるための一冊として取り上げたいと思います。
メラニー・ウォーナー氏の『加工食品には秘密がある』は、原著が2013年にアメリカで出版されていますが、加工食品が中心になっている日頃の食生活を省みるために、現代社会に生きる日本人にこそ手に取っていただきたい一冊だと感じます。
とはいっても、この『加工食品には秘密がある』は、手軽で便利な「加工食品」自体をからだに悪い食べ物だとして、糾弾したり警鐘を鳴らしたりするために書かれているわけではありません。
本書の著者であるメラニー・ウォーナー氏は2004年からニューヨークタイムズの常勤ライターとして、食品産業への取材を始めており、現在はフリーランスのライターとして活躍しているそうなのです。
そのため、本書の視点は栄養学や生化学の専門家や食品の研究者といった特定の立場からのものというよりは、自分や子どもの健康を気づかう一人の市民のものなのであり、最初の「はしがき いつまでも腐らない食品」では、以下のようなくだりから始まるのです。
もう何年も前、スーパーマーケットへ行って、箱入りのシリアルやら袋入りのクッキーやらを両腕にかかえきれないくらい買い込んだことがあった。《ニューヨーク・タイムズ》で食品業界についての連載を始めて間もないころで、パッケージに印字された賞味期限を過ぎた食べ物はどうなるのだろうと疑問に思っていた。クッキーはかびが生えたり、履き古した靴みたいな味になったりするの? シリアルには虫が湧くの? わたしは、買ってきた品物を全部、キッチンの隅に一年近くしまい込んだ。表示された期限が過ぎ、さて箱や袋をあけてみると、なんとも拍子抜け。シリアルもクッキーも、見た目と言い味と言いまったく正常で、ついさっき買ってきたかのようだった。(メラニー・ウォーナー 『加工食品には秘密がある』 楡井浩一 訳 p9)
そのあと、メラニー・ウォーナー氏は、以下のように書き連ねています。
この不朽不滅ぶりは、いったい何なのだろう? 普通なら残り物や余り物に喜んで食いつくはずのかびやバクテリアが、これだけの数の食品に見向きもしないというのは、いったいどういうわけ? パッケージに印字された日付は、〝賞味〟できる〝期限〟とはほとんど関係がないような気がしてきた。とすると、この日付は何を意味するのか? どこからどう見ても人間が食べるために作られたものなのに、自然の腐敗作用を免れるなどということがありうるのだろうか? わたしたちは子供にいったい何を食べさせているのだろう?(メラニー・ウォーナー 『加工食品には秘密がある』 楡井浩一 訳 p10)
要するに、「加工食品」が腐らないという不自然さについて疑問に思ったことが、メラニー・ウォーナー氏の食品業界へ取材する主な動機になっているのです。
『加工食品には秘密がある』 メラニー・ウォーナー 著 楡井浩一 訳 草思社
また、同じ「はしがき」のなかで、以下のように書かれていますが、加工食品が溢れ返っているアメリカの<食>の状況は、海の向こうの話ではなく、日本でもそれほど違いは無いように感じられます。そのため、以下の引用文の「アメリカ」の部分を「日本」に置き換えて読んでみたところで、決して不自然ではないのです。
今日の食の選択肢の幅広さ、めまいのするような豊かさを思うと、ついつい忘れてしまいがちだが、スーパーマーケットの棚に並ぶ商品、ファストフード店のメニュー板を埋める品目の大半は、一世紀前には存在もしていなかった。出来合いの食品、調理済みの食品、たいていは持ち歩ける食品の数々が、アメリカの津々浦々にあふれかえっているこの光景は、人類史上最も劇的な栄養学上の転換を象徴している。食は人なりという格言が正しいとすれば、現代アメリカ人は二十世紀初頭のアメリカ人と異なる栄養組成を持つ別人種だ。母集団として見ると、わたしたちは一九〇九当時の同国人と比べて、二倍の添加脂肪分、二分の一の食物繊維、六〇パーセント増の添加糖分、三・五倍の塩分、圧倒的に大量のコーン成分および大豆成分を摂取している。(メラニー・ウォーナー 『加工食品には秘密がある』 楡井浩一 訳 p13)
アメリカの食卓に起こったこの大規模な改造の問題的は、人間の生物学的機能がそれに対応できないことにある。わたしたちの体が食べ物を代謝するその仕組みは、石器時代にとどまり、はるか前方を行くチーズウィズやコーンフロスト、植物油で揚げたクラッシック・チキンクリスプには到底追いつけない。斬新にして高度な数々の食品操作が、人間本来の体内地理を大きく損ない、意図せざるさまざまな結果をもたらしている。食べ物を解体したうえで工業的に再製するということを始めると、往々にして生物学的な道理には沿わなくなる。(同)
ここで「アメリカの食卓に起こったこの大規模な改造の問題的は、人間の生物学的機能がそれに対応できないことにある」とありますが、人間の複雑な代謝過程において、原始時代には無かった加工食品がどのような影響を与えるのかは、未知な部分が多いと思われます。
そのため、食品メーカーが、特定の食品に対して、<適度に摂る分には、健康被害はない>と考えていたところで、慢性的に加工食品を摂取した場合、今後、身体に対してどのような影響が与えられるのか、はっきりしたことは言えないように思われます。
つまり、「加工食品」は食べるだけで病気になってしまうような100%体に悪い食べ物であるとは言い切れませんが、かといって、メーカー側がどのような主張をしたとしても、「加工食品」である限り、「安心・安全」な食べ物であるとも言えないのです。
そして、この<「加工食品」である限り、「安心・安全」な食べ物であるとも言えない>という視点を持つことが、現代の食生活においては、大切になってくるように思うのです。
食品会社の経営者たちは、悪人でも、怠け者でも、独創性を欠いた輩でもない。〝健康食品〟の条件とは何かについては、儲け第一のご都合主義に走っているかもしれないが、それは自分たちが得意なこと、報酬をもらえることをやっているからにすぎない。つまり、食品を自分たちに儲けをもたらすような形で工業的に加工すること、そしてその製品をとことん売り込むことだ。そのためには、多くの場合、健康的に見えるが実際にはそうではない製品を作らざるをえない。(メラニー・ウォーナー 『加工食品には秘密がある』 楡井浩一 訳 p250)
『加工食品には秘密がある』 目次
第1章 不気味なサイエンス―「食品」の形にする
第2章 旗を振る化学者―「安全で健全な食品」
第3章 不朽のチーズを求めて―プロセスチーズが変えたもの
第4章 押出成形と膨化―箱入りシリアルの秘密
第5章 ハンプティ・ダンプティ、元どおり―「ビタミン」はどこから来るか
第6章 化学の力でよりよい暮らしを―わけのわからぬ添加物
第7章 大豆の未来図―工場製の植物油
第8章 水増しされた肉―こんなところに大豆蛋白
第9章 なぜ鶏肉に鶏肉の風味をつけるのか―「香料」の魔術
第10章 健康的な加工食品―ちょっぴり健康的に
第11章 お家でのんびり、もぐもぐ―「調理不要」という魅力
ところで「加工食品」や加工食品に含まれる「食品添加物」の問題について語ると、からだに「悪い」か「悪くないか」という二項対立で語られ、「加工食品」そのものに対して神経質になったり、時に「加工食品は食べ物ではない」などと、感情的になったりします。
私自身は「生命力を高める」という立場から、加工食品や食品添加物は「からだに良くはない」とする立場ですが、かといって、現代社会において、加工食品無しで生活するのは、言葉にするのは簡単ですが、実際に実践し続けるのは、よほど高い志を持たない限り難しいように思います。
真の意味で食べ物らしい食べ物、つまり収穫あるいは生産されたその時点から腐敗が始まる有機物だけを摂取する食生活が理想には違いないが、そういう食物連鎖の頂上に誰もが立てるわけではない。大多数の消費者にとっては、何かをあきらめてかわりに何かを得る交換条件の見きわめこそが、より健全な食生活への鍵と言っていいだろう。そのためのヒントが、本書の至るところにちりばめられている。とりわけ11章は、実例集として有用性に、そして感化力に富む。(メラニー・ウォーナー 『加工食品には秘密がある』 楡井浩一 訳 p280)
本書『加工食品には秘密がある』を訳した楡井浩一氏はこのように「訳者あとがき」で記していますが、「大多数の消費者にとっては、何かをあきらめてかわりに何かを得る交換条件の見きわめこそが、より健全な食生活への鍵」とする、楡井氏のこのような考え方に、私自身も共感するのです。
これから便利さと引き換えに何を失っているのか、考えなくてはならない時代に突入しているように思います。
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